やがてあふれ出ずるもの<4>



その瞬間、少女の肩がぴくりと動いた。

一度目は掠めるように。
だが離れた途端、再び引き付けられるように口付ける。
蕩けるように柔らかな少女の唇の感触に陶然となりながら、更に口付けを深めていく。
舌で朱唇を割り歯列をなぞり、その奥にたゆたう少女の舌を絡め取った。

「……ん」

徐々に荒くなる少女の息遣い。
それすら飲み込むように、繰り返し口付ける。

やがて、浩瀚の動きに少しずつ陽子が応え出した。
首に回っていた腕は解け、浩瀚の頬へと添えられる。

そうして。

何度目かの口付けの後、浩瀚は力の抜けた少女の体をつと離した。
赤く染まった少女の頬へそっと触れる。
その手をゆっくりと首筋へ、鎖骨へ、胸の谷間へと滑らせ……そして臍の上、水月のツボを、どん、と突いた。

陽子は一瞬不思議そうに目を見張り、次の瞬間、意識を手放した。

   

***


崩れ落ちた少女の衣服を、浩瀚は素早く直した。

――危なかった。

もう少しで、歯止めが効かなくなるところだった。
乱れた陽子の髪を撫でつけて、浩瀚はその顔を覗き込んだ。
目を閉じた陽子の顔は、普段よりひどく幼く見えた。

ぎこちなく応えてくれた少女の様子を思い出し、再び体が熱くなる。
そんなはずがないと分かっていても、一瞬期待してしまった。
自分が慕うように、少女もまた、自分を想ってくれているのではないかと。

浩瀚はそっと腕を持ち上げて、緋色の髪の中へと顔を埋めた。
徐々に近づいてくる足音を聞きながら、浩瀚は少女を抱きしめ続けた……。

   

***


使令の知らせで台輔と共に駆けつけた鈴は、堂室に入った途端、驚いて立ち尽くした。

いつも典雅な立ち居で知られる冢宰が、飛び散った書類と共に床に座り込んでいた。
そしてその膝には……一見して意識が無いと分かる陽子を抱いていた。

「陽子!」
「主上!」

蒼白になって駆け寄る二人に、浩瀚は冷静な声で告げた。

「今のところ、お命に別状はございません」

――そうですね?

目で問われて、景麒は戸惑いながらも頷いた。

「確かに、王気は衰えておられぬ。だが一体何が……」
「毒を……媚薬を盛られました」

息を飲んだ鈴は、改めて陽子の乱れた衣服に気付いた。
そして、普段いで立ちに一分の隙も無い浩瀚の襟元が緩んでいることにも……。

景麒も同時に気付いたらしい。
眉根を寄せた霊獣に、浩瀚は苦笑して見せた。

「薬のせいでかなり『お暴れ』になりましたが、台輔がご心配なさるようなことはございませんでした」
「いや、私は別に……」

景麒は、一瞬頭をよぎった愚かな考えを恥じた。

「ともかく」

景麒の考えに気付かぬふりをして、浩瀚は淡々と告げた。

「至急主上を安全な場所にお移しせねばなりません。ただし、正寝と内殿は避けた方がよろしいでしょう。薬はそのどちらかで盛られた可能性が高い」

「なっ……!」
「そんな!」

一日のうち王が過ごす時間が多い正寝と内殿は、人員を工面するに当たり彼らが最も気を配った場所だった。
陽子に対し、二心ない人物のみを選び、入れていたはずだ。

「ご説明は後で。……鈴、玉葉は?」

涙を浮かべんばかりの表情で親友を見つめていた少女は、はっと顔を上げた。

「えっ……あ、瘍医を呼びに行っています」

――彼女ではない。

鈴の様子を冷静に観察し、浩瀚は彼女を一旦容疑者の枠から外した。
犯人が分かるまでは、可能性のあるものは誰であろうと全て疑ってかかるつもりだった。

「よろしい。主上の御座所は、当分そなたたち二人と、虎嘯にしか知らせぬように。瘍医にも私から厳重に口止めをしておく」

浩瀚は景麒を振り仰いだ。

「主上は当分太師邸にお匿いするのが上策と存じますが、いかがでしょうか。外宮とはいえ、あそこは人の出入りも少なく、また仁重殿にも近うございます。遠甫ならば確実に信用できるかと」

てきぱきと話を進める浩瀚に、景麒は頷いた。

「冢宰のよろしいように」
「では早速」

少女を抱いたまま立ち上がった浩瀚に、景麒は手を差し伸べた。

「主上は私が。冢宰は疲れているようだ」

しかし浩瀚はその申し出をやんわりと断った。

「大丈夫です。台輔のお手を煩わせては、差し障りがございましょう。私が」

冢宰の態度は、まるで台輔が陽子に触れるのを拒んだように見えた。
そう思ったのは鈴の気のせいだったのだろうか?

だが一瞬覚えた違和感は、その後の慌しさの中ですぐ忘れた。
鈴が再びそれを思い出すのは、随分と先の事となる――。







 

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