「主上、少し休息を取られませ」
政務の補佐についていた浩瀚にそう告げられたのは、同じ文書の清書に三度も失敗した後だった
集中出来ない
理由は分かっていた
新政策について諮った今日の有司議で、浩瀚ら数人を除き、出席者のほとんどに反対された
その焦りと苛立ちを、ずっと引きずっている
「……すまない」
ため息と共に謝ると、浩瀚は僅かに笑みを刷いて、一揖した
「主上に、お目にかけたいものがございます」
執務室を抜け出し、浩瀚に連れて来られた正殿の一角
見上げれば、春の到来を告げる薄桃色の花が満開を迎えようとしていた
「……綺麗だな」
「はい。雲海の下も、今頃は春の気配に活気づいていることでしょう」
静かに添えられえた言葉に、内心のざわつきがすっと消えた
そう
思い出した
自分が何のためにここにいるのか
何を守りたいと思っているのか
いつだって忘れた事はない
だが、ともすれば目先の結果だけにとらわれてしまう
勅令で断行する事も出来るだろう
だが、あの政策が民にとって本当に必要だと信じるなら、私はまず今日の有司議の面々を説得しなければならない
何度でも、分かり合えるまで
私は花を見上げ、大きく深呼吸した
「……ありがとう、浩瀚」
「礼を仰っていただくことは、何も」
分かっている
いつだってこの男の心遣いは、的確なくせに他に理由づけできるほどさり気ない
王と冢宰
それ以外に私と浩瀚の関係を示す言葉はないはずで
なのに、時折こうして示される気遣いが、優しさが、温かい視線が
私の中のその定義に違和感をもたらす
答えを失くした間柄
(波立つ心は、どこか甘くて)
2010.04.20