若木の誓い



 今年も春がやってきた。枝いっぱいに花をつけた桜の若木を見つめる陽子は嬉しげで、見ている者さえ幸せにする。緊張を要する用向きを抱えて内殿を訪れた桂桂は、桜花と女王の美しさに感嘆の溜息をついた。
「綺麗だ……」
 我知らず漏らした呟きに、緋色の髪を翻し、陽子が振り返る。その屈託のない眩しい笑み。桂桂は思わず目を細めた。
「ああ、桂桂。綺麗だろう」
 満面に笑みを湛えた陽子は桂桂を差し招く。相変わらず自分が褒められたとは思わないらしい。桂桂は苦笑を浮かべて歩み寄る。素直に傍まで行って桜を見上げた桂桂は、陽子の素っ頓狂な声に驚いた。
「──桂桂!」
「な、何ですか?」
 陽子は翠の瞳をまん丸にして桂桂を見上げていた。桂桂は違和感を覚えながらそんな陽子を見下ろす。そう、見下ろしたのだ。
「あ、あれ?」
「──大きくなったね、桂桂」
 感慨深げなその声、慈愛に満ちたその瞳。今こそ己の決意を示す時だ。桂桂は姉とも思っている女王の前に恭しく跪く。景王陽子は少し目を見張りながらも黙して桂桂を見つめていた。

「主上、私は、官吏になります。お許しくださいますか」

 輝ける翠の瞳を真っ直ぐに見つめ、桂桂は己の願いを口にした。陽子はふっと唇を緩め、懐かしげに桂桂を見返す。それから王の貌をして頷いた。
「勿論だよ」
 少し淋しいけれどね、と続けて陽子は桂桂に手を差し伸べた。その手を取って立ち上がる。陽子は桜の若木を指差した。
「この樹も、あっという間に私の背を追い越した。同じだね」
 桂桂は小さく頷く。隣国の主従に贈られたばかりの頃、この桜の樹は桂桂よりも低かった。そして、陽子に初めて会った時、桂桂は陽子よりもずっと背の低い子供だったのだ。
 姉を亡くした桂桂を引き取って育ててくれた陽子。王としてその細い背に国を負う陽子。桂桂は、いつからか、そんな陽子のために働きたいと思っていた。

「期待してるよ、蘭桂」

 陽子は桂桂を見上げ、繋いだ手に力を籠めた。桂桂はそっとその手を握り返す。そして、小字ではなく本名を呼んでくれた女王に深く頭を下げた。




2011『十二国桜祭』参加賞として頂いた、管理人・速世未生様の作品。
若い桜と桂桂の成長が重なる、とても清々しくて素敵なお話です。
最後、二人揃って桜を見上げる後姿が、目に浮かんでくるようでした。

未生様、ありがとうございました!

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