Magic Hour~松本乱菊~
いま振り返っても、どうしてだったか分からない。
ただ寂しくて、無性に人の体温が恋しくなって。
気付けば隊長の肩にもたれていた。
――再び相まみえることがあれば、俺はあいつ等を倒す。
触れた頭越しに響いてくる低い声に、あたしの心は一瞬震えた。
――そうしたら、お前は俺を恨むんだろうな。
淡々と告げた隊長に、あたしは『いいえ』と答えた。
あたしは貴方の副官です、と。
だが、答えが一瞬遅れた事を、多分隊長は気付いていたと思う。
覚悟はできていた筈だ。
なのに、今になってなぜこんなにも気持ちが揺れるんだろう。
ギンへの想い。
それもある。
だがそれ以上にあたしを揺さぶっているのは…… 隊長の中の、雛森の存在だった。
本当は聞きたかった。
『隊長がギン達を許せないのは、雛森を傷付けたからですか』、と。
けど聞けなかった。
『それ以外にどんな理由があるんだ?』……そう、問い返されるのが怖くて。
――馬鹿ね。
自分で自分を笑いたくなった。
あたしを心配して、現世までついて来てくれた。
その気持ちだけで、どうして満足できないのだろう。
自分だってギンの事が頭から離れないくせに、隊長が雛森を庇うのが気に入らないなんて。
――織姫、あたしもあんたと同じよ。
隊長にとって、雛森の存在は特別なんだって分かっている。
あたしにとってのギンがそうであるように。
なのに、羨ましがって嫉妬して。
いや、表面はおおらかに振る舞うあたしの方が、織姫より何倍も醜い。
考えていたら涙が出てきそうになって、ぎゅっと目をつむった。
今日のあたしは、自分でも嫌になるくらい情けない。
その時だった。
頭に温かな感触を感じたのは。
それが隊長の手だと気付くのに暫くかかった。
最初はためらいがちに、だがやがてゆっくりと、確かな意思を持ってあたしの頭を撫でてくれた。
それは男が女を慰める仕種ではなかったと思う。
それによって何かを期待するような、そんな素振りではなくて……そう、大人が子供をあやすような、どこか無私を感じる行為だった。
驚いたけど、やがてささくれ立っていた自分の心が、少しずつ落ち着いていくのが分かった。
普段はとても素っ気ない癖に、 どうして隊長はあたしが欲しがっているものが分かるのだろう?
下で休んでおけと言われたけれど。
小さな暖かい肩から離れがたくて、あたしはなかなか動く事ができなかった。
<終>
2007.09.15