綿雲



「でね、その時、藍染隊長がね」

白玉ぜんざいを頬張りながら、雛森桃は目をきらきらさせて自分の上司の事を話す。
頻繁に出てくる五番隊隊長の名前に、日番谷冬獅郎は辟易としていた。

終業後、桃に捕まって連れてこられた甘味処。
一月ほど前にできたばかりだそうで、女性の死神達の中では評判だという。
噂に違わず、この店の一番人気だという白玉ぜんざいは美味かった。
桃が一椀を開ける前に、冬獅郎はすでに三杯目を平らげていた。
食べながら、お互い近況もどきのたわいない話を交わしていたのだが、桃の話の二つに一つは藍染の事だった。

確かに、彼女の今の仕事場は五番隊で、彼女の職掌は藍染隊長を補佐する副隊長なわけだから、日々一番身近に接している人物だというのは分かる。
そうでなくとも桃にとって藍染は、院生時代から『憧れの人』だった。
その人を上司と仰げるのだから、彼女にとってこれ以上嬉しいことはないだろう。
それは分かる。
分かるのだが……。

正直、面白くない。

そもそも、あんな男のどこがいいのだ。
混み合う店内を眺めながら、冬獅郎は思う。
藍染は今の隊長達の中では古株になる。
実力があり穏やかな性格で、下からの人望も篤いと聞く。

だが冬獅郎は彼に対し、どうも心底馴染めないものがあった。
それは、同じく人望と性格の良さを称えられる浮竹には感じない隔たりで。

時々……彼の笑顔を見ていると思ってしまうのだ。
あの眼鏡の奥の目は、今、本当に笑っているのだろうかと。
彼はこの世界を、自分と……他の死神と同じように見ているのだろうかと……。
松本に言えば、『隊長は、雛森の上司になる人はみんな気に入らないんでしょ』と一笑に付されてしまいそうだが。

そう、多分そうなのだ。
桃が嬉しそうに話す相手だから気に入らないだけなのだ。

「ちょっとシロちゃん、聞いてる?」
「シロちゃん言うな」

反射的に答え、意識が戻る。
どうやら自分は随分長く沈黙していたらしい。
向かいの席を見ると、頬を膨らませた桃の顔が目に入った。

――そうだ。すべてはこいつが悪ぃんだ。

冬獅郎は手を伸ばし、名前の如く薄紅に染まった桃の頬をつまんだ。

「にゃ……にゃにすんの!」

抗議する幼馴染を不機嫌な顔で見つめて、冬獅郎は言い放った。

「……バカ桃」

空のお椀が飛んできたのは、その一瞬後のこと。




                                                                           <終>


                                                                     2007.10.15

隊長は普段、『男が甘味処なんて、恥ずかしくて入れるかよ』って突っぱねそうですが、
桃ちゃんに頼まれればイヤイヤながらもお付き合いしそうです(笑)。
ちなみに自隊の副隊長さんには、同意していないのに引っ張り込まれてそうです(笑)。

 

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