『氷原に死す』発表前に書いた、日乱の初対面妄想話でした。
注:
『氷原に死す』発表前、および旧十番隊メンバーが判明する前に書いたお話です。
現状と設定が異なりますのでご注意下さい。
獅子と美女
その清列な霊圧に、ひどく驚いた――。
「十番隊副隊長、松本乱菊です。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたのは、噂に違わぬ派手な容姿と挑発的な身なりをした女だった。
十番隊隊長に任命された途端、十番隊の隊員に関しては望まないのに様々な噂を聞かされた。
その中でもダントツに多かったのが、この副隊長・松本乱菊に関してだった。
――いわく、超がつくほどの酒豪で、毎晩仲間を集めては宴会に興じている。
――いわく、総隊長を含め隊長格の半分以上と寝ている。十番隊副隊長の地位をつかめたのは、そのお陰だ、 等々。
中にはやっかみとしか聞こえない話も多々あった。
だが、火のないところに煙は立たぬと言う。
話を半分差し引くにしても、随分奔放でだらしない奴なんだろうと考えていたのだが。
実際会ってみて、持っていた先入観は綺麗さっぱり消え失せた。
彼女の発する霊圧は、ひんやりとして、そして澄んでいた。
決して無色透明ではない。
あえて言うなら、様々な色を飲み込んだ結果出来上がった透明さ、だろうか。
興味が沸いた。
噂とは違う印象を放つ、目の前の女に。
「……お前、生まれはいつだ?」
「……は?」
自分でもいささか唐突だと思った問いに、相手は当然戸惑ったらしい。
「生まれ月はいつだ?」
「……九月です」
「ああ、道理で……」
ひやりと冷えた霊圧は、理知の証。
そして生まれた季節にも由来する。
いや正確には、自分が生まれたと認識することによって、その季節に影響されるのだ。
だが、言葉にしたのは別の事だった。
「それで『菊』か」
言えば、相手は一瞬目を見開き、しかる後ににやりと笑った。
「そういう隊長は、冬生まれですか?」
「……ああ。ど真ん中だ。ひねりも何もなくて、面白くないが」
肩を竦めて答えると、相手は『「そういえば』と、軽く首を傾げた。
「隊長の卍解を見た方が、おっしゃってました。名前の通りの勇壮な具象化だと」
追従かと、一瞬不愉快になった。
だが、真正面から見据えた視線は同じく真正面から返され、霊圧はやはり澄んだ波長を発している。
本音、なのだ。
――面白ぇ女。
信じるというのか。
会ったばかりの、まだ人となりすら分からぬ俺のようなガキを。
噂を聞いた時には、ひどい副隊長をつけられたもんだと憂鬱だったのだが……案外これは当たりなのかもしれない。
「遠くない先に、見せる機会もあるだろう。……今日から宜しく頼む、松本副隊長」
返って来たのは、先程より打ち解けた、艶やかな笑顔だった。
「こちらこそお願いします。日番谷隊長」
***
その落ち着いた霊圧に驚いた――。
上司になる十番隊の隊長が決定したと通達があったのは、前任の隊長が任務の最中大怪我を負い、そのまま退任してから三月経った頃だった。
一時的に山本総隊長が十番隊隊長を兼任していたとはいえ、日々の実務を実際取り仕切るのは、副隊長たる乱菊の仕事だった。
やっと肩の荷が下ろせるとほっとしたのも束の間。
人事の結果を聞いて、唖然とした。
決定したのは、最近卍解を会得したばかりの少年だという。
霊術院を跳び級で卒業。
配属された一番隊で、初任務で未確認だった虚を退治。
同時に卍解を会得――『天才児』の噂は乱菊も聞いた事があった。
だがまさかその少年が、自分の上司になるとは。
力があるのはいい。
自分を始め十番隊が、この先命を預ける隊長だ。
相応の実力がなければ困る。
問題はその若さ、だった。
才能と性格の成熟は反比例するというのが、乱菊の持論だった。
有り体に言えば、若くして才能を開花させた者ほどその才に溺れやすく、ヤな性格の奴が多いということだ。
今度の上司は、この法則にぴったりだった。
聞こえてくる噂も、『気難しい』だの『お高く止まってる』だの、彼女の予想を肯定するものばかり。
中には嫉妬としか思えない噂もあるにはあったが。
「……苦労しそうだわ」
乱菊は可哀相な自分のためにしこたま酒を飲み、翌朝、二日酔いの気配すら感じさせず新隊長との面会に臨んだ。
一目見た途端に、驚いた。
制御していたのか、彼の霊圧は隊首室に入るまで全く分からなかった。
初めて触れたそれは予想外に落ち着いていて、 姿を見ず気配だけで判断したら、年配の死神と間違えたかもしれない。
興味を持った。
この年でここまで落ち着いた霊圧を纏う、目の前の少年に。
それは、自分を抑える術を知っているということだ。
出身は、乱菊と同じ流魂街だと聞いた。
一体、どうした経緯でこんな落ち着きを手に入れたのだろう?
いずれにしても、部下になる乱菊にとって、それは十分歓待すべき美点だった。
膝を付き、一礼する。
「十番隊副隊長、松本乱菊です。よろしくお願いします」
下げた自分の頭を、じっと見つめる視線を感じる。
かすかに緊張した瞬間、声が降ってきた。
「いつの生まれだ?」
「……はっ?」
咄嗟に意味を把握しそこね、乱菊は間抜けな声と共に顔を上げた。
彼女の上司となった少年は、生真面目な表情で再度尋ねてきた。
「生まれ月はいつだ?」
「……九月です」
意図が読めぬままにそう答えると、少年の表情が微かに緩んだ。
年相応の、幼い表情が覗く。
「だから『菊』か」
呟くように漏らした言葉に、ああ、と納得する。
彼女の名前が、重陽の節句とかけてあると思ったようだ。
本当は『乱菊』の名前の方が先で、誕生日は全く違う由来から決まったものだったが。
目の前の少年に言われた途端、案外そうなのかもしれないと納得してしまった。
名が誕生日を引き寄せる、そんなこともあるだろうと。
なぜか少し嬉しくなって、
「そういう隊長は冬生まれですか?」
尋ねてみれば、相手は一瞬言葉に詰まった。
どうやらそこで自分に話が及ぶとは思っていなかったらしい。
だがすぐに大人っぽい仕種で肩を竦めると、答えた。
「ああ。ど真ん中だ。まんまでつまらんが」
『氷の龍の具象化なんだ。獅子が龍を背負う。とても勇壮な眺めだったよ』
猪口を片手に、宙を眺めながら呟いた他隊の飲み友達の言葉が甦る。
その声には、本物の賞賛がこもっていた。
「隊長の卍解を見た方が仰ってました。名前の通りの勇壮な具象化だと」
途端に少年は眉根を寄せた。
おべんちゃらだと思われたらしい。
だが鋭い光を放つ翡翠色の瞳を真っ直ぐ見返すと、やがてその眼光がふっと和らいだ。
「……近い内に見せる事もあるだろう。今日から宜しく頼む。松本副隊長」
どうやら自分は合格したらしい。
内心ほっと息を吐き出して、不意に可笑しくなった。
――品定めしていたのは、あたしだったはずなのに。
気付けば自分がこの少年のめがねに叶うか、不安になっていた。
そう、もう既に、 自分は彼を上司と認めていたのだ。
――いいじゃない。面白いわ。
新しい日々は、思ったほど悪いものではなさそうだった。
乱菊は笑顔で再び一礼した。
「こちらこそ、宜しくお願いします。日番谷隊長」
***
あれから随分経った。
当時落ち着き払って見えた年下の上司は、負けず嫌いで、年相応の子供より子供な一面があると分かってきた。
『案外当たりかも』と思った副官は、能力は高いくせに隙をみて仕事をサボろうとする、困った奴だった。
だが、なぜか憎めない女で。
けれど時々、途方もない男気を見せるイイ男で。
喧嘩もし、意見が合わない事も多々あるけれど。
それでもあたしは。
俺は。
こいつが俺の初めての副官で、
この人があたしの上司で、
良かったなと、心から思うのだ。
(そんな事、口が裂けても言わねぇけどな)
<終>
2007.11.15