何よりも



振り返った瞬間、虚の長い触手がすでに目前に迫っていた。

――しまっ……!

構える間もなかった。
覚悟した瞬間、視界を金色がよぎった。

ざしゅっ!

日番谷と虚の間、まさに半間の距離に飛び込んでその触手を切り落としたのは。

「松本!」

切り口から、体液が飛び散る。
袖で顔を隠しそれを防いだ乱菊は、目の端で四席が虚に止めを刺すのを確認し、振り返った。

「怪我は!?」
「……ない。それよりもお前、無茶しすぎだ」

呆れたという口調で呟いた日番谷の言葉に、乱菊のまなじりが上がる。

「いくら任務が成功してもっ!」

らんと光る大きな瞳に睨みつけられる。

「あんたをを失ったら、あたし達は終わりなのよ!そこんとこ、分かってる!?」

珍しく本気で怒る副官に、日番谷は小さく肩を竦めた。

「……すまん」

素直に詫びる少年を睨むこと数瞬。
乱菊は大きく息を吐き出した。

「……隊長は」

気を静めて、小さな上官を見る。

「隊長は、誰を犠牲にしても、身代わりにしても、生き残って下さい。あたし達十番隊の隊士は、そのために存在するんですから」
「おい」

不機嫌そうな日番谷の顔。
この少年が、こういう考えを嫌っているのは分かっている。

それでも。

「隊長は最後まで生き残って下さい。あたし達全員の死に様を見届けてからでないと、貴方は死んではいけません。それが隊長の義務の筈です」

貴方にはその価値があるから。
その価値を信じるから、あたし達は貴方に命を懸ける。

「……んなこと、お前に言われるまでもねぇ」

顔を逸らして、日番谷は吐き捨てるように答えた。
どんなに気に食わぬ考えでも、それが護廷十三隊の原理だった。
それを理解できないほど、日番谷は精神的に子供ではなかった。

――理解してるのは、おそらく頭でだけでしょうけど。

乱菊はふっと笑んだ。
彼がその考えに心底染まることは、この先もおそらく、ない。
だが、それでいい。

「……まぁウチの場合、そう簡単にやられるような子はいませんけどね」

軽い口調に切り替えて、乱菊は斬魄刀を納めた。
虚は全滅していた。
隊員は、戦闘体制を解き事後処理に移ろうとしていた。

「っていうか、隊長ってあたしが死んでもお墓参りとかしてくれなさそうだしなー。死んでも楽しみがないっていうかー」

すっかりいつもの調子に戻った乱菊に、日番谷はぼそりと答える。

「……ああ。ぜってー行かねぇ」

途端に乱菊が傷ついた顔をした。

「隊長ひどーい!」
「隊長ー!副隊長ー!」

少し離れた所で、隊士が彼らを呼んでいた。

「行くぞ、松本」
「うーっ……」

恨みがましい目で唸る副官を置いて、日番谷はさっさと歩き出した。
やがて諦めた乱菊が連いて来るのが分かった。
慣れた霊圧が自分のすぐ後に付く。

「……死んだ後になんて、絶対構ってやらない」

前を向いたまま、日番谷は言った。

「それが嫌なら、死ぬな」

――俺が死ぬ一瞬前まで、生きろ。

乱菊は目を見張って、少年の後姿を見た。
銀髪の間から覗く耳が赤い。

「隊長……」
「あー?」

照れて生返事を返す日番谷に、乱菊は満面の笑顔で抱きついた。

「隊長かわいーい!!」
「ばっ……!離せ、松本!」
「……たいちょーう、ふくたいちょーう、遊んでないで早く来て下さいよぅ」

青空の下、じゃれ合う上官二人に、仕事がはかどらない隊士が半ば泣きながら訴える声が響いた。




                                                                        <終>


                                                                    2007.05.01
                                                                   2013.07.01【改】

十番隊のツートップ、大好きです。
それぞれお互い以外に大切なもの、断ち切れないもの、護りたいものを抱えながら、
いざという時はためらいなく自分の背中を相手に預ける信頼関係。
その辺りの矛盾や葛藤に、非常に萌えます。

 

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