現世行きのメンバー構成のアンバランスさが気になって作ったお話です。
もちろん十番隊ツートップ偏愛の身としては、どうしても日乱フィルターがかかってしまいますが(笑)。
現世派遣に名乗りを上げた姐さんの心理が気になります。
いずれ原作に出てくるのでしょうか……。
心のかけら
十番隊の隊長室。
「松本」
窓の外に目を向けたまま、日番谷冬獅郎は背後の副官を呼んだ。
常緑樹の鮮やかな葉の色が、眩しく目を射る。
「はい」
「現世へ……本当に行くつもりか?」
乱菊は顔を上げた。
背を向けた日番谷の表情は見えない。
「気が変わったんなら、今からでも総隊長に掛け合ってやる」
見慣れたその小柄な後姿を見つめながら、乱菊はゆっくりと言った。
「……足手まといになると、そうお考えですか?」
「そんなんじゃねぇ」
突き放すような冷たい声。
他の者ならそう感じただろう。
だが乱菊にはそうは聞こえなかった。
中に潜む、不器用な気遣いと労わり。
それを感じ取れる程の年数は、共に過ごしてきた。
「では行きます。行かせて下さい」
乱菊は長椅子から立ち上がった。
「どのみち隊長は引率係であちらに行かれるんでしょう?」
「ああ」
「だったら尚更」
乱菊はきっぱりと言い放った。
「隊長の背中を護るのは、あたしですから」
白い陣羽織から、ため息が聞こえた。
「……先に勝手に現世行きを決めた奴が、何言ってやがる」
「あ、そうでしたっけ?」
おどけて肩を竦めた乱菊は、一瞬間を置いて「でも…」と続けた。
「隊長なら、ついて来てくれると思ったから」
「……計算ずくかよ」
「怒りました?」
日番谷はがりがりと銀髪をかきむしった 。
「……ああ。お前を少しでも心配した、自分のお人好しさ加減にな」
「えー。あたし今、隊長のこと信じてるって言ったんですよ?」
「抜かせ」
ふっと、会話が途切れた。
訪れた沈黙。
窓の外に目をやったまま、日番谷は感情のこもらない声で言った。
「……おそらく、奴は戻らない」
誰が、と、聞く必要はなかった。
「……分かっています」
そう、あいつが再びこの瀞霊廷に戻ることはない。
『もう少し、握ってても良かったのに』
嘘つき。
あの時、かすかに手を押し戻された。
あいつは自分の行く場所へ、あたしを連れて行くつもりなどなかったのだ。
そんなこと、あの時はっきりと分かったのに。
思い知らされたのに。
なぜあたしは現世に行きたいと思うのだろう。
あいつにもう一度会いたいと思うのだろう。
この気持ちが何なのかは分からない。
ただ、このままでは決着が着いていないと、そう思ってしまうのだ。
「もし、あいつがまた隊長に刀を向けてきたら……」
乱菊は目を閉じた。
脳裏をよぎる、ギンの笑顔。
冗談を言って、笑いあったこと。
分けてもらったごはん。
さり気なく肩にかけられた上着。
溢れる思い出にふたをして、ゆっくりと瞼を開く。
「あたしがあいつを斬ります」
日番谷が顔半分だけ、初めて振り返った。
「……お前は強ぇな」
呟く様な声の中に微かな羨望の色を感じたのは、気のせいだったろうか。
「……隊長?」
日番谷は身を翻して乱菊の横をすり抜けた。
「……行くぞ。来い」
「……はい!」
預けられた背中を追って、乱菊は部屋を出た。
***
『もしまたあいつが隊長に刀を向けてきたら、あたしが斬ります』
きっぱりと言った松本の言葉が、心の中でこだましていた。
――強ぇな。
羨ましいと思った。
他人に対し、やりたい放題言いたい放題に見える乱菊だが、その実、義理に厚く情が深い女だと知っている。
口でどう言おうと、そんな彼女が市丸に対して簡単に気持ちを割り切れるわけがないのだ。
それは同じような幼馴染を持つ冬獅郎には、嫌というほど分かる。
だから言ったのだ。
奴らを追い、そして狩るこの戦いから抜けたらどうだと。
今がその最後の機会だと思ったから。
だが彼女は頷かなかった。
――強ぇな。
心の中でもう一度呟く。
あいつらが元の形で瀞霊廷に戻ることは、もうない。
松本もそれは分かっている筈だ。
そうである以上、必ず彼女は傷付くだろう。
それでも、未来を見据えて逃げずに進もうとしている彼女が眩しかった。
――もし藍染について行ったのが市丸ではなく桃だったら……俺は同じように振舞えるだろうか?
「……くだらねぇ」
冬獅郎はきっと前を睨み、渦巻く様々な思いを断ち切った。
今は起こらなかったことを考えて悩んでいる時ではない。
自分は十番隊の隊長だ。
ならばどんな局面が来ようと、すべきことは決まっている。
瀞霊廷の安全と、隊員の守護。
それが使命。
――これ以上、誰も傷つけさせない。
白い羽織をはためかせて、冬獅郎は共に現世へ向かう仲間達が待つ場所へと向かった。
<終>
2007.06.17
2013.08.25【改】