現世行きメンバー決定事情妄想第二弾。
日乱と銘打っておきながら、隊長が出てこないことに、後で気付きました……。
でもほら、存在感はばっちりありますよね?(汗)。
帰る場所
「よし!」
ぱんと手を打って、恋次はぐるりと周囲を見回した。
「俺、ルキア、一角さん、弓親さん。今回の現世行きの
六番隊の一室。
恋次の視線に、集った死神達は頷いたり肩を竦めたりして、それぞれ賛同を示した。
「で、出発はいつだ?」
一角の問いに、ルキアが答える。
「できるだけ早い方が良いと思います。明朝はいかがでしょう?」
「俺はかまわねぇよ」
「僕もそれでいい」
「じゃあ、総隊長に報告してくる」
恋次が腰を上げたのを機に、他の三人も立ち上がった。
その瞬間。
さらりと障子が開いた。
一斉に振り向いた死神達の視線の先にいたのは、金色の髪をなびかせた背の高い女。
「面白そうな話をしてるじゃない」
挑発的に腕を組んで、迫力ある笑顔でにこりと笑んだのは。
「松本」
「あたしも行くわ。現世に」
***
「おい、松本」
恋次とルキアが総隊長の所へ向かうのを見送ってから、残る三人はそれぞれの隊舎に戻るべく揃って歩き出した。
「何よ、一角」
「お前が現世に行くこと、日番谷隊長は承知してんだろうな?」
「これから話すわ」
あっけらかんと言い放つ乱菊に、一角は顔をしかめた。
「……やっぱり」
「心配いらないわ。きっと許可してくれるから。ウチの隊長は、体は小さくても心は広いのよ」
一角は肩を竦めた。
「まあな。おまえの上司を務めてるってだけでも、それは十分に分かるがな」
「何それ。引っかかる言い方ね」
しかし言葉ほど気にする風もなく、乱菊はけたけた笑い声を上げている。
「ねえ、乱菊さん」
二人のやりとりを黙って聞いていた弓親が口を挟んだ。
「本当のところはどうなのさ?」
「何が?」
言いたい事を承知の上で、乱菊は惚けてみせた。
だが、相手はそこで引いてはくれなかった。
「あの人に会いたいの?」
真っ直ぐな言葉。
それは想像していた以上に、鋭く乱菊の胸を抉った。
「あの人に会うために、現世に行きたいのかい?」
無意識に詰めた息を吐き出して、ふん、と顎を上げる。
「やな男ね、あんたって」
彼女が現世に行くと言った時、恋次とルキアも同じ事を聞きたがっていた。
今にも問いかけようとしているその質問を、乱菊はあえて無視した。
しばらく無言の綱引きがあり、彼女の頑なな態度に、二人はやがかて聞き出すのを諦めてくれた。
だが、乱菊とより親しい弓親と一角には、同じかわし方は通用しなかったようだ。
「それは残念だな。僕は乱菊さんの事が割と気に入っているんだけど?」
皮肉気な弓親の笑顔が癪に障る。
それが、彼が一角以外に示す最大限好意的な態度だと、分かってはいても。
「だから気になるんだ。できたら乱菊さんは斬りたくないからね」
さらりと投げ出される本音。
乱菊は弓親から、半歩後ろを歩く一角へと目を移した。
視線を受け、小さく肩を竦めた一角の表情も同じ事を訊ねていた。
お前は、あいつに連いていきたいのか、と。
乱菊は前を向き、空をふり仰いだ。
死神の都に不似合いなほど、澄んだ蒼穹が眩しい。
「……そうよ」
目を細めながら、乱菊は声を押し出した。
「あいつに会いたいから、行くの」
でも、と、肩を竦めて続ける。
「多分、あんたたちが思っているような理由じゃないわ」
「どういう意味だ?」
「…あたしは、あたしの気持ちにケリをつけたいのよ」
あいつが理由も告げず突然居なくなることは、これまでにも何度もあった。
だが、乱菊は一度としてその理由を問いつめたことも、追いかけたり行方を探ったこともない。
置いていかれる度に、心はひどく痛んだ。
でも、時間が経てばまた必ず自分の前に現れる。
ひょっこりと、何事もなかったように戻ってくる。
何の根拠も無かったけど、なぜかそう信じておれたからだ。
だが今回は違う。
多分あいつは二度と、ここに戻る気がない。
そう悟った瞬間、乱菊は目の前が真っ暗になるような衝撃を受けた。
――あたしは、結局あいつの事を何も分かっちゃいなかった。
いつから藍染と組んでいたの?
虚と世界を支配するなんて、どこで思いついたの?
この瀞霊廷を滅ぼしたいほど、自分達を、死神を、憎んでいるの?
何一つ知らない。
分からない。
だからなのだ。
あんなにひどい奴なのに、残酷な奴なのに、どうしても憎めないのは。
もう一度会って、もう少しあいつと話すことができれば。
『あんたは間違っている』と、非難することがきっとできるはずなのに。
だから。
「……安心してよ。あたしがあいつに連いていくことはないわ」
自分に言い聞かせるように、乱菊は前を向いたまま言った。
「……今の言葉、忘れるなよ」
――これ以上、顔馴染を失くすのは御免だからな。
ぶっきらぼうな言葉が、乱菊の心に染みた。
「ええ。……ありがと、一角」
そこでふと思いついて、乱菊は二人を振り返った。
「あ、それと、今回ウチの隊長も一緒に行くと思うから。仲良くしてやってね」
「はあ!?」
十一番隊の二人は、揃って間抜けな声を上げた。
「日番谷隊長が?」
「さっきお前、これから隊長に話すって言わなかったか?」
「そうよ。でもあたしが行くって言えば、あの人、きっと心配して連いてきてくれると思うのよね。ああ見えて、結構過保護でさ」
乱菊は困ったような、だが満更でもなさそうな表情でそうのたまわった。
本当は確率は半々。
雛森が寝付いている今、日番谷はその傍を離れたがらないかもしれない。
でも乱菊の勘は、隊長は来る、と告げている。
何も乱菊のためだけではない。
いつ目覚めるか分からない雛森のそばで何の手助けも出来ず立ち尽くしているよりは、行動する。
それが彼女の知っている『隊長』だった。
弓親は首を傾げた。
「でも、今の状況で隊長格を出すなんて上が許さないでしょ?」
ただでさえ三・五・九の隊長が抜け、その穴埋めをすべく各隊通常以上の仕事を抱えている。
恋次は、『自由に編成して良いとお墨付きを貰っている』と言っていたが、この追討隊に副隊長が二人も交じって本当に正式な許可が下りるのか、実は内心危ぶんでいるくらいなのだ。
その上、隊長格を出すなんて……。
そもそも日番谷を出したら、十番隊は隊長・副隊長、共に不在になってしまうではないか。
だがしかし。
「あ、もう根回しは済んでいるから大丈夫」
十三隊一美貌の副隊長はひらひらと手を振りながら、いとも簡単に言ってのけた。
「引率係っていう名目でね。山じいもこの現世行きには力入れてるから、結構あっさり頷いたらしいわよ?ウチの三席は優秀だから、しばらく隊を預けておいても平気だしー」
「……どんな手を使ったんだよ」
胡乱な目を向ける一角に、乱菊は「あらぁ」と色っぽく目を細めた。
「本気で知りたいの?」
にっこり笑って尋ねてくる乱菊には、こちらを黙らせる何かがあり。
「……こえぇ女」
「何か言った?」
「いや、別に」
一角は慌てて首を振り、弓親は苦笑を洩らした。
――本当は、連いてきて欲しいのはあたしの方。
心の中で、乱菊はそっと呟いた。
彼がいれば、きっとあたしは自分の立場を忘れない。
そして彼ならば――詳しく言わなくても、それを分かってくれるから。
軽く手を振って二人と別れると、乱菊は十番隊の門をくぐった。
慣れた霊圧を感じた途端、張り詰めていた気が嘘のように解ける。
ぽっかり空いた心の穴に灯る、小さな明かり。
――そう。 何があっても、 どんな時にも。
乱菊は自分に言い聞かせるように呟いた。
「あそこが……今のあたしの、帰る場所だから」
<終>
2007.07.31
2013.08.25【改】