乱菊姐さんお誕生日SS。
誕生日と全く関係ない話なのはご愛嬌という事で……(汗)。
ある昼下がりに
その日、九番隊副隊長・檜佐木修兵が書類を携え十番隊隊舎へ向かったのは、午後も遅くなってからだった。
藍染の造反から十日。
瀞霊廷は、表面的には日常を取り戻しつつあった。
だが修兵の生活は、以前同様というわけにはいかなかった。
隊長代理として隊をまとめていく重責が、背にかかっていたのだ。
歩きながら肩を回せば、ごきゅごきゅっと小気味よい音がした。
デスクワークは嫌いじゃない。
だが、捌いても捌いても減らない書類の山には、いい加減辟易していた。
十番隊への書類届けに自ら腰を上げたのは、それが重要書類だった事もあるが、それ以上に気分転換がしたかったからだ。
――ついでに乱菊さんと話でもできれば、いい憂さ晴らしになるんだけどな。
修兵が訪ねて行けば、休憩好きの彼女の事、これ幸いと、お茶を入れて相手をしてくれるに違いない。
日番谷隊長が居れば渋い顔をするかもしれないが、彼女がそれで趣旨を曲げるとは思わなかった。
十番隊舎で用向きを伝えると、隊長副隊長とも執務室だと答えが返ってきた。
確かに、奥の方に日番谷隊長の冷たく澄んだ霊圧と、乱菊の柔らかい霊圧を感じる。
勝手知ったる隣の隊舎。
隊員の案内を断り、修兵は一人執務室へと歩き出した。
***
部屋の前に立ち、修兵が
「檜佐木か?」
中からくぐもった日番谷隊長の声が聞こえた。
「は……」
「入ってくれ。悪ぃが静かに頼む」
修兵の返事を遮るように、抑えた声が返ってきた。
訳が分からぬままに、それでも修兵は声をひそめて『失礼します』と断って、そっと扉を開けた。
そして室内に入り。
目の前の光景に絶句した。
***
日番谷は珍しくソファに腰掛けていた。
片膝を立て、その膝に肘を付き、不機嫌そうに眉根を寄せている。
そして彼のもう一方の膝には……乱菊の頭が乗っていた。
「扉を閉めてくれ」
告げられて修兵ははっと意識を取り戻し、慌てて背後の扉を閉めた。
「回覧書類か?」
「あ……はい。二級重要書類っす」
修兵の声も自然と小さくなった。
「貰おう」
修兵は、手を差し出した日番谷に近寄って書類を渡した。
「……よく寝てますね、乱菊さん」
上司の膝を枕に、上司の羽織を上掛けに、乱菊はすやすやと眠っていた。
豊かな金髪から覗く寝顔には、いつものパワフルな気配は鳴りをひそめ、微かに唇を開けている様は意外にも幼ささえ感じる。
「……全く。ふざけた副隊長だ」
修兵から受け取った書類にざっと目を通しながら、日番谷は不機嫌な声音で言った。
修兵は聞こうかどうしようか迷い、結局どうしても気になって、尋ねた。
「あの……乱菊さんはいつもこんな風に昼寝してるんすか?」
『こんな風に』というのが『こんな風に日番谷隊長の膝枕で』という言葉の省略であることを、相手は正確に察したようだ。
日番谷の眉根が更にぐっと寄る。
「んな訳あるか。俺が休憩していたら、こいつが『隊長ー!』とか言いながらくっついてきやがって、そのまま眠っちまったんだよ」
乱菊は日番谷に対して、普段からボディータッチが激しい。
修兵から見れば羨ましい限りだが、日番谷にとってはそうでないらしい。
抱きしめられる度に『暑い』『離れろ』と、乱菊の腕の中でもがいている。
「……いつもなら叩き起こす所なんだがな」
小さく溜息を付いて、日番谷は言葉を続けた。
「どうやら最近、夜に眠れねぇらしい」
「えっ……」
「もちろん自分じゃ、絶対んなこと言わねぇけどな」
――見てりゃ分かるっつーの。
口調は相変わらず不機嫌そのものだったが、乱菊を見下ろすその視線は、決して冷たいものではない。
乱菊の不眠の理由を、よく理解している顔だった。
隊長の膝を枕にしどけなく眠る乱菊と、それを許容する日番谷。
そこには、信頼とも友情とも愛情ともつかない、だがどこか他人が入り込めない雰囲気があり。
修兵は次第に居たたまれない思いに駆られ、その場を早々に退散したのだった。
***
「……はぁ」
十番隊の執務室を出た所で、修兵は無意識に大きく息を吐き出した。
――何だろう、この疲れは。
当てられる、というのは、こういうことなのかもしれない。
「何だかなぁ……」
気になる女の寝顔を初めて見たのが、他の男の膝の上ってのもなぁ……。
もう一度大きなため息をついて、修兵はとぼとぼと歩き出した。
***
後日、恋次と京楽隊長との酒の席でぽろりとこの話を漏らすと、二人は非常に哀れんだ表情で修兵を見た。
「……檜佐木君、見事に牽制されたねぇ」
「日番谷隊長に思いっ切り警戒されてますね」
「えっ?えっ?」
「ま、頑張りたまえ」
京楽隊長が飲みなさいとばかりに徳利を持ち上げ、恋次は慰めるように、修兵の肩をぽんぽんと叩いた。
***
「ん……」
肩の辺りに軽い衝撃を感じ、乱菊は目を覚ました。
久しぶりに深く眠ったという自覚がある。
未だ夢うつつのまま天を仰ぐと、頬杖をついて船を漕ぐ、隊長の顔が間近にあった。
――めっずらしー……。
さっきの衝撃は、長椅子の背にかかっていた日番谷の手が落ちたものらしい。
だがそれでも日番谷は目を覚まさない。
銀髪の縁が午後の遅い光を浴びて輝いている。
以前現世で見た、絵画を思い出す。
――隊長、まるで天使みたい……。
うっとりと眺めている内に、瞼が再び重くなってきた。
――隊長もあたしも寝ていたら、今日はばっちり残業だわ……。
頭の片隅でちょっと思ったが。
頬に触れる少年の高い体温と、ひんやり冷えた霊圧が心地良くて。
乱菊は微笑んで再び目を閉じた。
<終>
2007.09.29