『桜花歌』を書いていた時に、六太がなぜ桜を持ち帰るのか、理由を考えてできたお話でした。
……しかし、500年コンビはともすると会話が意味深になって困ります(笑)。
桜白天
麗かな春の日の午後。
玄英宮の桜苑が見渡せる露台に出た尚隆は、その明るさに思わず目を細めた。
眩しさを感じるのは、屋内との光の落差のため。
だが、それだけではなく。
濃淡様々な紅色に染まった景色の中、陽光を弾き返して風に揺れる金髪が視界に入ったせいだ。
「――陽子、どうだった?」
欄干に腰掛け、己が主人の近付く気配にも振り返るそぶりを見せない横着な麒麟に、苦笑しながら答える。
「明日、到着するそうだ」
「そっか。ここの桜の一番綺麗な時を見せてやれるな」
良かったと、柔らかい表情で呟く麒麟の隣に並んで、尚隆も桜苑を見渡す。
「随分とここが気に入っているようだな」
「たりまえじゃん。誰がこんだけの桜を植えたと思ってんだよ」
「そういえば、どこぞの不良宰輔が蓬莱から持ち込んでは勝手に植えていたな」
「人のせいかよ。お前も立派な共犯だろうが」
「さて、そうだったかな」
空とぼける男に、六太はやっていられないとばかりに肩を竦めた。
「だか、何故桜なのだ?」
「ん?」
「いや、お前がこの花に執着するのが、正直意外でな」
突然の問いに、六太は真意を測るように隣の主を見た。
が、欄干に身を預け戯れに枝に手を伸ばす男の瞳には好奇の色しか見えず、六太は再び肩を竦めた。
「……別に、執着してる訳じゃない。ただ……」
「ただ?」
六太は桜苑に視線を戻すと、ぶらぶらと足を揺らした。
「――昔……まだ
雪のように白い花だった。
花弁が陽光に透けて、まるで木全体が光り輝いているように見えた。
『ああ……。見てごらん、きれいな桜だねぇ……』
ろくに見つからぬ山草と、かつかつの生活に疲れ果てていた母親が、思わず足を止め見上げるほど、それは美しい樹木だった。
振り仰いだその光景は、『さくら』というその名前と共に、幼い六太の心に深い印象を残した。
この春以降、家族の困窮は更に増し、翌年の秋、六太は口減らしのために捨てられる事になる。
母の手を握り見上げた桜は、貧しい中にも護られ、辛うじて平穏と呼べた生活の、最後の記憶となった。
「……
六太を捨てた親も、兄弟も、例え天寿を全うできていたとしても既に生きてはいない程の年月が経っていた。
だが、幾多の戦乱と危機を超えて尚、桜は生き残り、零れんばかりの花を咲かせていた。
「……懐かしかった。懐かしくて少し切なくて……そして、気付いたら、思っていた」
――雁の、未来を。
どうか、お前のように根を張り、枝を伸ばし、栄えてくれと。
そして俺みたいに、切ない記憶と共にお前を見上げる奴がいなくなるように、と……。
「まっ、そんな事考えていたのは最初だけで、後は単純に集めてみたくなっただけなんだけどな。蓬莱は凄いぜ。花と花を掛け合わせて、次々と色んな桜を作っていくんだから」
「――そうか」
屈託なく笑った半身に、尚隆は薄く笑んだ。
「蓬莱への未練、などと抜かしおったら、
ばーか、と、六太は主の言葉を一蹴した。
「ここは俺達の国で、俺もお前も、生きる場所はここしかない。分かってて言うな」
「――そうだな」
桜苑に目を向けた尚隆は僅かに笑みを深くし、呟いた。
「それに……」
「何だ」
からりと、六太は明るく笑った。
「生まれ故郷を恋しがるには、俺もお前もとうが立ちすぎてると思うぜ?」
半身の言葉に尚隆は「違いないな」と頷いて、今度こそはっきりと笑った。
さらりと柔らかな風が吹き、桜が一斉にそれに沿うように枝先をしならせる。
「……なぁ、尚隆」
「何だ」
「すごく、綺麗だな」
「――ああ」
長くも短い来し方に想いを馳せて。
二人は黙って桜苑を眺め続けた。
<終>
2011.05.25