男女関わらず、後姿の綺麗な人は素敵だなと思います。
そして、浩瀚はそんな『後姿美人』だと信じています。
夏の朝
身を包み込んでいたぬくもりが遠ざかる気配に、陽子はふと目を覚ました。
横たわったまま目だけ開けると、男が
薄紗の向こうで、男は衣に手を伸ばした。
夜明け前、物の形が微かに判るかどうかといった明るさの中で、男の白い背中が浮かび上がる。
細身だが、決してひ弱さは感じない、その背。
陽子はそれを純粋に綺麗だと思う。
無駄のないすっきりとした後ろ姿は、彼の人となりを端的に表しているようだった。
うっとりと眺めている内に、不意に、昨夜その背に付けた爪痕のことを思い出した。
陽子はせり上がる恥ずかしさに耐え切れず、ぎゅっと目をつむった。
落ち着いて再び目を開いた時には、既にその背は衣に覆われていた。
明かりもない中で、男は器用に身支度を整えた。
最後に髪をまとめた男が振り返る気配を感じ、陽子は慌てて再び目をつむる。
ほどなくふわりと帳が揺れ、新しい空気が頬を撫でた。
「盗み見とは、趣味がお悪いですね」
耳元で囁かれ、陽子はそろりと目を開いた。
「……気が付いていたんだ」
「お休みになっている時と、呼吸が違っておられましたので」
見下ろす琥珀色の瞳は、面白そうに細められている。
「……鋭いな」
ため息混じりに呟くと、男――浩瀚は、『どうやら貴女に関しては、自然と敏感になるようです』と、さらりと答えて、牀に軽く腰かけた。
陽子の、頬にかかる緋色の髪に愛しげに指を通す。
「何をご覧になっておられたのです?」
「……背中。浩瀚の背中って、綺麗だなって」
何の
「……おかしな事を仰る。背中なら貴女の方が何倍もお綺麗です」
「そんなことな……ひゃあ!」
浩瀚の手が背中に回り、陽子の肩甲骨を辿った。
「浩瀚!」
悪さをする手から逃れ、少女は背中を牀に押し付けた。
はずみで上掛けが滑り落ち、小麦色の肩が覗く。
華奢なその肩に、笑みを刻んだ男の唇が落ちた。
「……今宵もお伺いしても?」
そっと問えば、睨んでいた少女はたちまち顔を赤く染め、それでも小さくうん、と頷いた。
その可憐な様子に一層目を細め、浩瀚は緋色の少女の耳元で愛の言葉を囁いた。
<終>
2007.08.25