注:
末世物を含みます。自己責任でご覧下さい。

ふれあうひとにゆびのかずだけくちづけ



■手の甲(尊敬)

跪礼を解くと、相手は私の手を取った。
押し頂くように捧げられた手の甲に、唇が落ちる。

「――元より、臣の全ては主上のものでございます」

俯き淡々と告げられ、思わず顔が歪む。

違う。
欲しいのは、その言葉じゃない。

見下ろしていた冠が微かに揺れ、やがてゆっくりと持ち上がった。
琥珀色の瞳に浮かんだ僅かな驚きに、私は、胸の内で呟いたと思っていた言葉を口に出してしまったのだと悟る。

「……っ……!」

思わず手を引き戻して、顔を逸らす。
どうしよう。
困らせてしまう。
呆れられてしまう。
軽蔑されてしまう――。

「……主上」

静かな声が届き、固く握り締めたこぶしにそっと彼の手が触れる。
体が強張るのを自覚しつつ、それでも私は引き寄せられるように声の主を振り返った。

そこには、今まで見たことのない表情をたたえた、『男』がいた――。


■掌(懇願)

――もう、限界だった。

お互い己と相手の気持ちに気付きつつ、それを押し殺すことによって辛うじて成り立っていた日常。
二人、共にいればいるほど膨らむ緊迫感に、自分はともかく恋愛経験が殆ど無い筈の彼女がよく耐えたと思う。
そう考えて、ふと嗤う。

――何を賢しらな事を……。

結局、先に限界を迎えたのは自分ではないか。
先刻の彼女の小さな一言。
それは単なるきっかけに過ぎず、本当は限界をとうに超えていた自分は、そのきっかけを探してすらいたのだ。

そっと再び彼女の手を取る。
身を硬くした少女を見つめたまま、私は持ち上げたその掌に、想いを込め静かに口づけた。
翡翠の瞳が、大きく見開かれた。


■唇(愛情・封印)

華奢な体にそっと腕を回し、引き寄せた。
括り上げられた髪を、解いて散らす。
鮮やかに広がったそれにうっとりと指を絡めると、口元に引き寄せた。
身体の内から、熱と共にじわりと喜びがせり上がってくる。
が、そんな私と相反するように、腕の中の少女は徐々にぎこちなく固まっていった。

「……あの、ちょっと待ってくれ……」

顔を見たいと頬に添えた手を逃れ、少女はますます俯いた。
わずかに見える耳が、髪と同じ位、赤い。

「まだ、その、心の準備が……」

普段と異なるか細い声が、私の内の更なる熱を煽る。
彼女がこちらを見ていなくて良かった。
きっと私は今、酷く余裕のない表情をしているに違いない。
赤く染まった耳に顔を寄せ、囁いた。

「――もう、待てません」
「っ!こう…っ!」

揺らいだ一瞬の隙を突いて、唇を塞いだ。
これ以上の抗議を、封じるために。


■腕(欲望)

乱れていた呼吸が落ち着きを取り戻すにつれ、寄り添っていた胸の鼓動も少しずつ静まっていった。
異なる二つの音が、重なっていく。
その心地良さに身を任せていた時だった。

「――ご存知ですか」

やや掠れた囁き声に、私は閉じかけていた目を開けた。

「……なに?」
「ここに小さなほくろが」

そう言って彼が軽く押したのは、二の腕の裏側だった。
普段自分ではなかなか見ることの出来ない場所だ。

「本当?知らなかった」

素直に答えると、頭上で静かに笑う気配がした。

「それは嬉しい」
「……んっ!」

言葉と共に、件の場所に刺激が走る。
先刻までの深い愛撫を思わせるその刺激に、思わず声が上がる。

「あなたの初めてを……もっと頂きたい」

付けた印の上で囁かれて。
次いで降ってきた指に、私はあっという間に溺れた。


■瞼(憧憬)

人払いをし、石棺の傍らに膝を付いた。
花と装飾品に囲まれ静かに眠る彼女に、そっと手を伸ばす。
波打つ鮮やかな緋色の髪。
少しだけ削げた頬。

その感触を、輪郭を、永久に刻み込もうと辿った指は、瞼の上で止まった。
そこに隠された、翡翠の双眸を思う。
力強く前を向き、時に華やかに笑い、時に慈愛を湛え、時に雷光の如き苛烈さを放ち――そして、幾度も苦しい涙を流した、瞳。

彼女の、彼女たる印。
そう、自分はあの瞳に憧れ、魅了されたのだ……。
ぽたりと、涙が落ちた。
不用意に彼女を濡らしたそれを丁寧に拭い取り――私は、二度と開かぬ瞼の上に、かがみこんだ。





                                                                          <終>


                                                                     2010.02.10

『たたかうひととかにゆびのかずのお題』様
『くちづけいろいろ』の中より、ゆびのかずだけ選択

  

 

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